R7_高校課程卒業式式辞

全日制(普通科・看護科)卒業式 式辞

 

 益岡城に梅の香りが漂い、青さを増した空のもと、不忘山が白く輝く季節となりました。雪解け水をたたえた白石川が仙南の地を潤し、緑を育み、今年もまた豊かな恵みを与えてくれることでしょう。

本日、ここ宮城県白石高等学校において、同窓会長の山田光彦様、PTA会長の三浦純様をはじめ、多くのご来賓の皆様のご臨席を賜り、卒業式を挙行できますことを心より嬉しく思います。

これまで、お子様の成長を温かく見守っていただいた保護者の皆様、卒業生はここまで大きく成長しました。この日を迎えるまで、色々なことがあったことと思います。いよいよ卒業という日を迎えることとなりました。本当にお疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

 さて、普通科の多くの皆さんは、これまでとは環境が変わり、新たな学びへ進むこととなります。そして看護科の多くの皆さんは本校の専攻科で「看護」の学びを続けていくことになるでしょう。

ここで皆さんに一つ質問したいと思います。ここにいる誰もが病気になることがあります。「病(やまい)」と「疾患」の違いとは何でしょうか?

「疾患」は体や脳の異常、いわゆる医学的な病気であるのに対し、「病」とは、その人が現実に感じている痛みや苦しみ、すなわち主観的な気持ちを指します。

医師の役割が「疾患」を治療することにあるならば、看護師の役割は、その苦しみに寄り添い「病」を癒やすことにあるといえるでしょう。

ストレスの多い現代社会において、人々の心に寄り添い、弱った心を支える看護師の存在は、これまで以上に切実に求められています。どうぞ看護科の皆さんは、「心を支える」という自らの尊い役割を自覚し、専攻科で学び続けてください。

 次に本校の三年生の活躍について話したいと思います。学習面はもちろん、スポーツや文化活動のあらゆる分野において、輝かしい実績を残してくれました。

運動部においては、陸上競技部の東北大会、そしてインターハイ出場を果たしたほか、山岳部は県新人大会での優勝、県総体では東北大会に出場しました。また、男子新体操部の東北大会出場、男子バスケットボール部の県大会ベスト8、そして硬式野球部の県大会出場、さらに、女子バレーボール部、女子ソフトテニス部、女子バスケットボール部がそれぞれ仙南大会で優勝を勝ち取るなど、目覚ましい活躍がみられました。

文化部においても、書道部では、全国高等学校総合文化祭の宮城県代表に選出されました。自然科学部は「全国高校生マイプロジェクトアワード」において、二年連続で全国サミットへ進出し、全国優秀賞を受賞するという快挙を成し遂げました。これらの活躍により、白高の名を県内外に広く知らしめてくれました。

 また、学校行事では、3年生が笑顔で活躍する姿が印象に残っています。司会として前に立ち、1、2年生たちを上手にいざない、全ての行事を、大成功に導きました。

合唱祭では、最上級生として素晴らしいハーモニーを披露し、白高祭では、いつもの教室がまるで何か異空間になったような不思議な世界を創り出しました。体育祭では、お揃いのクラスTシャツを身にまとい、笑顔で盛り上げつつも、競技では真剣に勝負していました。球技大会の決勝では、まるで運動部の試合のような高いレベルの攻防で、勝利の瞬間は最高に盛り上がりました。また、リレーの決勝では、ゴールテープを切った後、皆が駆け寄ってできた歓喜の輪に、会場全体が熱狂しました。

白石高校の伝統としての、自由な校風が「何事も心から楽しんだ者が勝つ」という、白高生らしい、明るくおおらかな気質を育てているのだと思います。

 ここにいる卒業生の中には宮城県仙南の地から、新たな場所へ離れていく人もいます。その門出にあたり、皆さんが誇るべき故郷の良さについて、改めてお話ししたいと思います。

本校に隣接する白石城は、別名「益岡城(ますおかじょう)」と呼ばれています。なぜ、この地が「益岡」と呼ばれるようになったか、皆さんはご存知でしょうか?

一説には、もともと「桝(ます)」のような形をした丘陵地であったからとも言われますが、もう一つ、そこには「この地が『益々(ますます)』栄えるように」という、先人たちの切なる願いが込められているのです。

そしてもう一つ、皆さんご存じのとおり、宮城県は伊達政宗の領地でしたね。なぜ、宮城県ではなく、隣の福島県に伊達市があるのでしょうか?

 実は伊達家のルーツは現在の福島県伊達市にあります。そして伊達政宗は山形県米沢市で生まれました。弱冠十五歳、丸森町小斎(こさい)での初陣を皮切りに、十九歳でここ白石城を支配下に置くと、瞬く間に福島から山形、会津へと勢力を広げました。当時の支配規模は、実に「百五十万石」に達したと言われています。これは当時、日本屈指の勢力でした。

 しかし、その拡大は豊臣秀吉の警戒を招き、先祖伝来の地である伊達地方や米沢、会津、そしてこの白石までもが一度は没収されてしまいます。代わりに与えられたのが、現在の宮城県の中部と北部でした。その後、関ケ原の合戦で、時代の波が豊臣から徳川へと移る中、伊達政宗は、この白石を奪還しました。こうして現在の宮城県の原型が出来上がったのです。

 白石を取り戻しても、あえて故郷である福島や山形は取り戻さずに、宮城の地を生涯の拠点と定めた伊達政宗の決断の背景には、おそらく2つの理由があります。何だと思いますか?

 まず一つ目は、宮城県の気候のおだやかさです。一般に不快と感じる「真夏日」や「真冬日」の合計日数が日本で一番少ないのです。気象庁の過去三十年間のデータによれば、仙台市は、日本の県庁所在地の中でも圧倒的に少ない二十二日なのです。つまり、宮城県は日本で最も、一年を通じて過ごしやすい「奇跡のような土地」なのかもしれません。

 二つ目は「情報」です。先ほど気象庁のデータを引用しましたが、そもそも「情報」の定義とは何でしょうか?

 普段、君たちも、食べ物(スイーツ)や娯楽(ゲームや音楽、ファッション)の情報交換をしていませんか。何が便利で、何が安全なのか。情報とは、人間が生き抜くための「生存戦略」そのものなのです。人々が求める情報の根源は、実は国家レベルでも、そしていつの時代も変わりません。膨大な情報が溢れる現代において、確かな情報に価値を見出し、それを見極める力は、これまで以上に重要になっています。

 さて、話を戻します。ここ白石という地は、かつての仙台藩にとって、まさに最重要な「情報収集の拠点」でした。現代の東北新幹線のルートにも重なるこの地は、東北の大動脈であった奥州街道が通り、古くから人の往来が激しく、常に最新の情報がもたらされる場所でした。

皆さんは『孫子の兵法』という中国の古典をご存知でしょうか。戦いに必ず勝つ方法が書かれています。必ず勝つ戦略とは何だと思いますか?

そこには「彼(かれ)を知り、己(おのれ)を知れば百戦危うからず」という有名な言葉があります。つまり「自分の勝てる相手と戦い、勝てない相手とは戦わない」という、極めて単純な原則です。

 ここで一つ、思考実験をしてみましょう。柔道の金メダリストである阿部一二三選手と、野球界の至宝、大谷翔平選手。この二人が勝負をした時、どちらが勝つでしょうか?

 答えは明白です。野球で勝負すれば大谷選手、柔道で勝負すれば阿部選手が勝つでしょう。自分の勝てる分野で戦うことこそが、勝利をつかむ鍵なのです。

一見当たり前のようですが、私たちは時としてこの原則を忘れ、自分の得意でない分野で戦いを挑み、疲弊してしまうことがあります。人生における成功の秘訣は、自分の「勝ち筋」がどこにあるのかを見極めることにあるのです。そのためには、いかに良質な「情報」を得るかが鍵となります。世の中の失敗の多くは、情報不足のまま衝動的に突き進む「無謀さ」に起因します。

白石高校を卒業する皆さんは、これから大学や専攻科という、より専門的な学びのステージへと進みます。そこで得る知識や情報は、皆さんの未来を照らす光となるでしょう。

 最後に1つだけ情報を贈ります。「知らないことを知る」ということは、本来、気持ちのいいことです。心から「楽しい」と思える学びに出会えたならば、そこが孫子の言う、君たちの「勝てる場所」です。

 白石高校の卒業生が、それぞれ進むべき自分の道「勝てる場所」を選び、社会の中で活躍することを心から祈念し、式辞といたします。

 

令和8年3月1日 

宮城県白石高等学校 校長 若林春日